静岡地方裁判所 昭和29年(行)1号 判決 1955年1月14日
原告 株式会社八百森商店
被告 浜松市長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、申立
一、原告会社の申立、被告が昭和二三年四月二日訴外大杉森平に対してなした従前の宅地浜松市田町六六番地五〇坪六合の換地予定地として、同所宅地三八坪七合六勺を指定する旨の処分の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求める。
二、被告の申立、主文と同じ判決を求める。
第二、原告会社の請求の原因
訴外大杉森平は浜松市田町六六番地の宅地五〇坪六合(以下本件宅地と略称する。)を所有していたところ、原告会社は昭和二五年四月一四日頃当時原告会社の代表取締役であつた右訴外人より右宅地上の同人所有の建物を賃借して、各種食糧品、乾物、罐詰類の売買並びに加工の業務を営み現在に至つている。ところで、本件宅地は浜松市特別都市計画による区画整理の対象となり、右訴外人は、その施行者である被告より昭和二三年四月二日前掲内容の換地予定地指定の通知を受けた。
しかしながら、右換地予定地指定処分(以下本件処分と略称する。)は次に述べる理由により無効である。
一、本件宅地の現在(区画整理前)の面接道路の幅員は八・七五間のところ、整理後拡張道路の幅員は一三・七五間となるので結局現実に増加する道路の幅員は五間に過ぎない。よつて間口三間の本件宅地の負担すべき減歩地積は間口一間につき片側二・五間の割合による計算に従い、計七・五間(七坪五合)をもつて足る筋合である。このことは本件宅地を含む田町地内は軒並商店街で道路拡張により寧ろ販売利益は減じ、その利用価値は減少することを考えれば、本件宅地の減歩は当然前記七坪五合にとどめるべきであるのに、これを超過して過大な減歩をなした本件処分は甚だしく不当であるから無効である。
二、仮りに本件処分が有効であるとしても、同処分は既に取り消されたから効力がない。即ち昭和二四年六月二日当時の浜松市長坂田啓造と田町都市計画協議会委員長桑野守治とが協議した結果田町問題調整覚書が作成せられ、これより本件処分を含めた田町地区内の換地予定地処分は総て白紙に還元せられ、改めて公正妥当な方針の下に新発足することになつたもので、この趣旨は要するに本件処分が取り消されたことを意味するものである。
三、更に本件処分は次の理由によつても無効である。即ち特別都市計画法及び耕地整理法の精神は土地所有者の最少限度の負担において施行されることを本旨とする。しかるに浜松市特別都市計画事業復興土地区画整理施行細則一五条は二〇米以上二五米(一一間以上一三・七五間)の道路に面接する土地の減歩率は間口一間につき三・八五間と定められているが、この規定は著しく土地所有者に負担を強いるもので無効であり、この無効な規定に基いてなされた本件処分も又無効である。
なお、この主張は前記一の請求原因をふえんしたものに過ぎない。
第三、被告主張の当事者適格欠缺の抗弁に対する原告会社の答弁
本件処分に伴う建物除却命令が実施せられるならば、それによる原告会社の損害並びに営業上の支障は多大であるところ、被告は昭和二九年三月二二日訴外大杉森平の相続人大杉なみ子に建物除却の代執行命令を発したので、原告会社は静岡地方裁判所に執行停止命令を申請し、被告はその後代執行命令を自発的に取り消したという経緯もある上に、更に被告は原告会社に立退を命令しており、このため原告会社の賃借権、営業権は侵害を受けるに至つている。よつて原告会社は本件処分に重大な利害関係を有し、本訴において当事者適格を有する。
第四、被告主張の当事者適格欠缺の抗弁
本件処分は昭和二三年四月二日訴外大杉森平に送達告知せられたところ、その後異議の申立もなく確定した。原告会社はその確定を知り乍ら、その主張の賃借権を取得したに過ぎないから、本件処分により権利を毀損されたことにならない。よつて原告会社は本件処分に関する直接の利害関係人と言われなく、本訴において当事者適格を有しない。
第五、被告の答弁
原告会社主張事実中、被告がその主張のような本件処分を訴外大杉森平に通知したこと、本件宅地の面接道路の整理前後の幅員がいずれもその主張のとおりであることは認めるが、本件処分は適法かつ正当になされたもので、決して無効ではない。
即ち、
一、浜松市特別都市計画事業復興土地区画整理については昭和二一年一〇月四日並びに昭和二二年一月一四日の各戦災復興院告示による内閣総理大臣の決定に基き、その後所要の手続を経て昭和二二年九月一〇日に浜松市特別都市計画事業復興土地区画整理施行規程が、昭和二四年一〇月一五日に同土地区画整理施行細則(昭和二二年六月三〇日から適用)が各施行されるに至つた。しかして本件宅地の基準地積は五〇坪六合であり、これに対する換地予定地は従前の位置を余り移動しないで、都市計画道路幅員一三・七五間(二五米)に面接して間口三間に指定せられた。これに換地として交付せられる地積は共通減歩地積及び地先減歩地積を減じたものであるところ、共通減歩率は昭和二二年六月三〇日に被告が浜松市復興土地区画整理委員会の意見を聞いて一割六分と定められ、地先減歩率は前記細則一五条により本件宅地については間口一間につき三・八五間と定められている。従つて共通減歩地積は八坪一合、地先減歩地積は一一坪五合五勺、計一九坪六合五勺が本件宅地の負担する減歩地積に該当し、これを本件宅地地積より差引いた三〇坪九合五勺がいわゆる権利地積であるが、換地設計上七坪八合一勺の増換地をした結果三八坪七合六勺の本件処分となつたものである。
しかも右減歩率は被告の合理的な計算の結果に基くものである。即ち本件宅地を含む田町地区は浜松市特別都市計画復興土地区画整理施行地区の第一工区に属するところ、従前の第一工区の公共用地は四三、六七五・七七坪で、これに整理後の道路敷、河川、公園緑地の増加分五五、八三七・二三坪を加えると整理後の公共用地は九九、五一三坪となる。そして道路敷、広場につき前記細則により算出した地先減歩の負担面積は二九、〇八四・四五坪で、これに対する整理前の道路敷は二二、七四九・七九坪であるので、合計すると五一、八三四・二四坪となる。よつて共通減歩の対象は整理後道路敷合計八〇、七六二坪から右五一、八三四・二四坪を控除した二八、九二七・七六坪に河川増加敷三、五二一坪、公園一五、二三〇坪を加えた四七、六七八・七六坪であるが、従前の公共用地中共通減歩の対象となるのは二〇、九二五・九八坪(四三、六七五・七七坪より二二、七四九・七九坪を控除)であるので、実際の共通減歩の純負担面積は二六、七五二・七八坪(四七、六七八・七六坪より二〇、九二五・九八坪を控除)となる。しかしてこれらの減歩地積を負担すべき第一工区の基準宅地一七七、五七九・四〇坪に対する割合を算出してみると、共通減歩率は一割六分(二六、七五二・七八坪を一七七、五七九・四〇坪で除すると一・五〇六五割となるので計算上不便のため一・六割と定めた。)地先減歩率は一・六三八割(二九、〇八四・四五坪を一七七、五七九・四〇坪で除する。但し実際の適用は前記細則一五条による。)となり平均総減歩率は三・二三八割(被告は総減歩率は三・一四四割であると言うが、これはその後訂正せられたものと考える。)でありこれと比較してみても本件処分は決して過大な減歩率とは言えない。
二、次に原告会社は本件処分は既に取り消され失効していると主張するが、この点は否認する。即ち原告会社主張のように田町問題調整覚書が作成されたことは認めるが、その趣旨は決して本件処分を取り消したことを意味するものではない。
三、なお、原告会社は前記細則一五条は無効であると主張するがこの主張は民事訴訟法二五五条一項に違反しているから却下されるべきものである。仮りに右主張が許されるとしても理由はない。
第六、証拠<省略>
理由
一、訴外大杉森平(その後大杉なみ子が相続)所有の本件宅地に対し原告会社主張のような換地予定地指定処分がなされたことは当事者間に争がない。
二、先ず、被告は原告会社は訴外大杉森平に対する本件処分の確定後に賃借権を取得したに過ぎないから、すでになされた指定処分によつて権利を害されたことにはならず、従つて、本訴について当事者適格を有しないと主張するからこの点について考えて見る。
ある行政処分がじ後の一連の手続を予想しその前提としてなされる場合、その処分後に、じ後の手続によつて権利または利益を害せられるに至つた者は、たとえ行政処分の相手方以外の第三者であつても、速かに当該行政処分の実効力を遮断し権利の救済を求める必要のあることは明らかであるからこれが無効確認訴訟を提起するについて法律上の利益を有するものと解するのが相当である。
原告会社は本件処分を受けた相手方ではなく、しかもその主張のような賃借権を取得し営業をなすに至つたのは本件処分のなされた後であることは主張自体により明らかである。しかし元来換地予定地指定処分はそれだけにとどまるものではなく、これを前提として建物移転命令或は立退命令がなされ、更に終局的な換地処分へと一連の手続が順次形成されるに至るものである。しかして原告会社が昭和二五年四月一四日頃以来本件宅地上の建物を賃借して各種食糧品、乾物、罐詰類の営業をなしていることは被告の明らかに争わないところであり、又さきに原告会社主張のような代執行命令が発せられた(但しその後被告において任意にこれを取り消した)ことも当裁判所に顕著な事実であり、更に成立に争のない甲八号証によると原告会社は昭和二九年一一月八日被告より三ケ月以内に本件宅地より立退くべき旨の命令を受けたことが認められる。以上の事実に鑑みると、原告会社は本件処分の無効を争うことにより、本件宅地並びにその地上建物の利用権(居住並びに営業の自由を含む)に加えられた著しい制限を排除することができることになるわけであるから、正に本件処分の無効確認を請求するについて法律上の利益を有し、本訴において当事者適格を有するものとするを相当とする。
よつてこの点に関する被告の抗弁は採用し得ない。
三、次に本案につき、原告会社主張の無効原因について順次検討する。
(一) 減歩率が過大であるとの主張について。
換地予定地の指定は換地前の暫定処分であるとは言え、将来換地処分に移行する性格を持つから、その指定の基準も換地の場合と同様に耕地整理法三〇条一項を準用し、原則として従前の地目、地積等位等を標準とすべきものと考える。証人広岡良美の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、本件処分は被告主張のような所定の手続を経又その主張のように一応合理的に前記第一工区の各所要地積を計算した結果に基くもので、即ち本件宅地五〇坪六合に対しては、その位置を移動しないで共通減歩率は一・六割、地先減歩率は前記細則一五条が適用せられ、結局共通減歩地積は八坪一合、間口三間の本件宅地の地先減歩地積は間口一間につき三・八五間の割合による一一坪五合五勺となり、合計減歩地積は一九坪六合五勺、権利地積は三〇坪九合五勺となるところ、これに換地設計上七坪八合一勺の増換地を加えて三八坪七合六勺の本件処分となつたことが認められ、更に弁論の全趣旨によると本件宅地を含む第一工区の基準地積の平均総減歩負担率は三・二三八割であることが認められるところ本件宅地の換地予定地に対する総減歩負担率は二・三四割弱(本件宅地地積と換地予定地地積との差を宅地地積で除する。)(権利地積を標準とする場合でも三・八八割強)であることは計算上明らかである。しかして行政処分のかしを無効として主張し得るためには、そのかしが極めて明白かつ重大な場合にのみ限られるところ、本件処分の基礎をなす前記減歩率は耕地整理法三〇条一項において認められる裁量権の範囲を超えた著しく不当なものとは考えられない。しかも特別都市計画事業は戦災にあつた都市を対象として、その復興をはかり公共の福祉を増進するためになされるもので、その区画整理に当つては、単に道路のみならず、広場、河川、緑地帯等の公共用地の新設も事業計画に包含され、これを負担するため私有地がある程度減歩されることはやむを得ないところで、原告会社主張のように単に商店街であるから整理後増加した道路だけの減歩負担を以て足るとの趣旨には到底解せられない。右認定に反する証人桜井妙司、小塚正平の各証言はいずれも措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
よつてこの点に関する原告会社の主張はいずれより見るも失当である。
(二) 本件処分は取り消されたとの主張について。
原告会社主張のような田町問題調整覚書が作成されたことは被告の認めるところである。しかし成立に争のない甲三号証及び証人広岡良美の証言を総合すると、浜松市特別都市計画事業の進行途上において、田町町民中反対の声があつたので、右事業を円満に進めるために右覚書が作成せられたもので、その趣旨とするところは、法律の範囲内において田町町民の意に添うように努めると共に、万一不公正な点があつたならば善処するというに過ぎないもので、決して本件処分を含む田町地区の換地予定地指定処分が取り消されたものでないことは明らかである。これに反する証人桜井妙司、小塚正平の各証言はいずれも信用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
よつてこの点に関する原告会社の主張も失当である。
(三) 前記細則一五条が無効であるとの主張について。
先ず被告はこの点に関する原告会社の主張は民事訴訟法二五五条一項により却下せられるべきであると争うから、考えて見るに、準備手続において調書又はこれに代るべき準備書面に記載しない事項でも著しく訴訟を遅滞せしめない限りは口頭弁論において主張することを認めていることは、右同条の明らかに定めているところである。しかして原告会社のこの主張は結局前記第一の無効原因を異なつた角度から取り上げたに過ぎず、原告会社もこれを立証するため特に何等の証拠調の請求をもなさないから、特に期日を定めて弁論を続行し、新たに証拠調を重ねる事情はうかがわれない。よつてこの主張により本件訴訟は何等遅滞することはないから、被告の右主張は排斥する。
進んで原告会社の主張が理由があるかどうかについて検討して見ると、前記理由(一)において述べたと同じ理由により右細則一五条が甚だしく不当で著しく裁量権の範囲を逸脱したものとは到底考えられないから、原告会社のこの点に関する主張も又維持し難いものと言わなければならない。
四、して見ると被告の本件換地予定地処分は正当であつて、何等無効と認めるべき点はないから、原告の請求は理由なく従つて失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 戸塚敬造 田嶋重徳 大沢博)